特定の車種をダサイと批判する理由

ダサイ

新車が発表・発売されると、こんな評価をする方がいます。

  • デザインがダサイ
  • かっこ悪い。
  • 燃費悪そう。
  • すぐに故障しそう。
  • 安全性が低いので買う価値無し。

では、一体、なぜそういう評価をするのか、独断と偏見でまとめました

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デザイン性、人の評価が気になる

そもそもデザインがダサイって、どういうことでしょうか?

形状だけでも、フロントとバックでも異なりますし、ライト形状など、様々な要素がからみあっています。その前にもっと根本的なことはどうでしょうか?

なぜ、ダサイと思うのか?

倫理的に証明

バラの花は綺麗? 
美しいと感じる人は、なぜ美しいのか?
鶴は綺麗で、なぜカラスは嫌われるのか?

ピカソの絵は素晴らしいという人と、『理解できない。』という真っ二つに分かれることもしばしば。

そこには価値観という、数字では表せない尺度が存在します。
客観的で不確かな要素、あるいは完全な思い込みでしかないかもしれません。

ぶっちゃけた話し、単なる好みの問題という場合も。もちろん美術などの場合は、技術などある程度の尺度は数値化できるかもしれません。

数値化できないようなものは、それを自分の尺度は正しいという思い込みだけで評価を下しているに過ぎません。

『1+1=2』という普遍的な数学ではないわけですから。もしもデザインを論理的に、100人いたら、100人の人に説明しても100%の理解は得られないでしょう。

評価なんてコロコロ変わる

魚のマグロのトロ。適度に脂が入っていて、クロマグロなら相当な値段がします。

マグロ

ところが戦後すぐの頃は、あんなあぶらっこい部位は体に悪い、まずいなどの理由から格安か、捨てられるくらいの扱いだったようです。

いまでは考えられませんが、所詮、評価なんて不確か不確実なものでしかありません。人の目を気にしていても、意味がありません。

こんなエピソードもあります。

いまから10年以上も前、携帯電話が高額だったころ、「携帯なんて、道楽の持ち物。俺には必要ない。」

ところがいまは?

こんな話しもあります。

ワープロ全盛時代、パソコン派とワープロ派がいました。

「俺はワープロが良い。パソコンなんて・・・」
ところがいまや、ワープロはどこに置いてあります?

時代の、人の評価なんてコロコロ変わります。

評価基準が確実なもの

デザインは人の評価は参考にもなりません。自分がどれを良いと思うのか?それだけで決めれば良いじゃないでしょうか。

所詮、乗るのは自分。人が良く思っていても自分が嫌ならあとから後悔します。

人の評価が気になって、自分の好きな車を乗らない人の方がある意味、『かっこ悪い』と評価される時代も、そう遠くないかもしれません。

燃費悪そう。

nenryou-m車を燃費だけで選ぶのか?それとも他の付加価値に重点を置くのか?これも人の意見より、自分は何を基準にしているのか?そちらが重要。参考 車の燃費をあと2~3km良くする方法

スライドドアじゃないけど燃費は35km/Lだったので買ったら、子供が隣に駐車している車にバンバンぶつけて、隣の人に何度も怒られて高額の修理代を何度も支払う羽目に。

もし燃費じゃなく、スライドドアで選んでいればそんなことにはならなかったのに。結局、燃費以上に修理費がかかってしまったなんて、笑えないことになるかも。

参考 子供を乗せやすい車|スライドドアが大きく開く軽自動車ベスト3

すぐに故障しそう。

しっかりと故障率とかクレーム件数など、客観的な数値で評価しないと、何の意味もありません。

安全性が低いので買う価値無し。

事故の現場軽自動車は危険という思い込み。安全システムを搭載した車が標準になりつつあります。もちろん、対向車が100km/hで市街地でつっこんできたら助からないかもしれませんが、そんな確率はどれくらいあるのか?

それよりも自分が歩行者の時に、向こうからつっこんでくるリスクは度外視ですか?

参考 軽自動車と普通乗用車の安全性能

お金は無限ではない

100万円もっというと、車の安全性能に使うお金と、自宅の地震対策に使うお金、どっちを優先しますか?

1日20分しか乗らない車と、10時間以上いる家、どちらの安全を重視しますか?

車にかかる予算を削ると、家の耐震補強に回せるかもしれません。そういう総合的な判断であなたが軽自動車にしたのであれば、誰かの意見を気にする必要はないと思います。自信を持って自分の意見で車の購入は決めるべき。

誰も他人様にお金を出してくれませんし、広い駐車場を確保してくれるわけでもありません。大きな車で小さな駐車場を苦労して入れる手間暇を変わってくれません。

他人の評価や意見を100%基準にすると失敗します。あくまでも参考程度に留めておくのがベスト。

まとめ【批判する理由】

自分にとって、しっかりした基準があり大好きな車がある人だからこそ、新車がでるたびに自分の価値観をものさしに批判して、自分が好きな車を紹介します。

その気持ち、私もよく理解できます。

なんで、そんなのに乗るのか?
まっ赤な車がなんで良いの?

青いピン視聴率が低いのになぜか、そのドラマが面白いと熱く語る時ってありませんか?

それと同じです。
だから「ダサイ」という意見もさらっと流して、好みの車に乗れば良いと思います。

売れている車ほど、嫌いな人も多いような気がします。

オレ流、我が道を行く。
人に過度な迷惑をかけなければ、好きが一番。
世界中の人が、同じ顔、同じ服装、同じ考え方の方が気持悪い。
それってロボット人間かも。

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